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命名「玻南」認めて 戸籍法で漢字使えず、両親が抗告
2009年11月4日20時40分
待ち望んで授かった宝物という思いを込め、両親は次女に「玻南(はな)」と名付けた。だが、区役所は戸籍法の定める文字に当たらないとして出生届を受理せず、裁判所も申し立てを退けた。玻南ちゃんは戸籍がないまま、1歳を迎えようとしている。両親は4日、最高裁の判断を聞きたいと、不受理の取り消しを求めて抗告した。
「この字は使えません」。昨年12月上旬、名古屋市東区の医師●●●●さん(40)は、出生届を出すため訪れた区役所で告げられた。
戸籍法は「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」と定める。施行規則で常用漢字、別表に掲げた漢字、ひらがな、カタカナのいずれかと規定しており、「玻」は含まれていない。
妊娠を知った直後から考え続けた名前だった。どうしても2人目の女の子が欲しいと願っていた。長女は「瑠都(るつ)」。母の●●●●さん(38)は「瑠璃(るり)の『瑠』がよくて、玻璃(はり)の『玻』がだめなんて」という。ともに宝物、美しいものという意味があり、姉妹でこれ以上ない名前だと思った。
両親は名古屋家裁に不服を申し立てた。戸籍法施行規則に含まれていなくても「社会通念上、明らかに常用平易」とされれば受理される可能性がある。「曽」や「獅」が認められたケースもある。
だが、名古屋家裁は今年1月、申し立てを却下。あきらめきれず、名古屋高裁に即時抗告した。「明らかに常用平易」なことを示そうと、資料を集めた。
電話帳をめくって名字に「玻」の字が含まれる人を探し、日常生活で不都合があるかを聞いた。携帯電話の変換機能で何番目に出てくるかを調べ、同法施行規則が定める文字と比較。児童向けの図書にも使われていることを見つけ出し、段ボール1箱分の資料を高裁に提出した。
名古屋高裁は10月27日、抗告を棄却した。資料については「あらゆる用例を探し当てた努力は並々ならぬものがあるが、逆に非常な努力なしに用例を収集し得ないこと自体が、その常用性の乏しさを示している」と指摘した。
玻南ちゃんは今月23日に1歳の誕生日を迎える。戸籍がないため定額給付金を受けられなかった。保育園入所が認められるかどうかも分からない。●●●●さんは「とっぴな字を使ったつもりはない。幸せを願って考え抜いた名前を認めてほしいだけ」と話している。(岩波精)
注)個人名は伏せました。
問題は親御さんの想いは純粋なのに、行政サービスが普通に受けられないという落差にある。名古屋高裁の抗告棄却の理由も酷いなぁ。漢字一文字について段ボール1箱分の資料なんて研究者だって用意できないのではなかろうか。
ただ、確かに安易に認めない理由も分からないではない。最近の子供の名付けを見ていると、奇をてらって漢字を用いる可能性も出てくる。名付けに関しては漢字の利用を自由にしてしまうと、やはり子供にとってもよくない影響が出てくるかも知れない。
ケースバイケースで判断していくしかないのだろうが、今回のケースは認めてあげてもいいのではというのが個人的な感想。この字を我が子の名前に用いたいという(不合理とは言い難い)強い想い、資料収集の努力、こういう気持ちや行為を認めてあげて欲しいな。原則として現時点では「玻」は認めないが、今回の特例です、という感じで。
『増訂改版 漢和大辞典』
夕方、とんでもない雷雨がありました。
小宮水心 編著『増訂改版 漢和大辭典』(田中宋榮堂 大正6年改版/昭和3年29版)を入手。版を重ねている割には、「日本の古本屋」でも見当たらない。これは掘り出し物かも。
冒頭に「改版自敍」があり、親字は一万八千を収録するとある。

さて、面白いのが裏表紙見返しにある、「文部省臨時國語調査會决定 常用畧字表」である。上の字が略字で、下の字が正字とのこと。左のサムネイルで確認できます。
この表がいつ作成されたのかは少なくとも昭和3年以前ということしか分からない。上の字の略字が、戦後の当用漢字につながっていくものと思われるのだが、今となってはこんな字も考えられていたのかと、なかなか面白い。
右から2行目・上から2段目の「驛」の略字は、馬偏の点々が中国語の簡体字の様に1画になっている。
6行・2段目の「擧」の略字は中国語の簡体字「举」と同じである。
9行・3段目の「鼠」は大胆に「鼡」だ。
13行・5段目は「鹿」だが「𢈘」(ユニコード22218)(※1)が似た字体である。6段目は「麗」で「鹿」の部分は同様だが、上部も略されている。「麗」の略字に至っては、ユニコードにも今昔文字鏡にもなさそうだ。どこから探せばいいのか分からない。
16行5段目の「圓」の略字は「円」の縦棒がえらく長い。「貶」(今昔文字鏡コード067534)(※2)に見えなくもない。
18行2段目の「氣」の略字は「気」から1画足りない「氕」となっている。
他にも細かく見ていけば、現在の字体と異なるものがあり、漢字の簡素化の過程を見る上でなかなか興味深い表であった。
(※1)フォント「Sun-ExtB」もしくは「HAN NOM B」がインストールされていないと表示できません。
(※2)今昔文字鏡フォントがインストールされていないと表示できません。
また、(※1)(※2)ともフォントがインストールされていてもブラウザによっては表示されない場合があります。
久しぶりに今昔文字鏡のHPを見たが、以前見たときより随分と変わっていた。フォントのダウンロードもできなくなっている。古いバージョンなら、何故かスタンフォード大学仏学研究所のサイト(The Stanford Center for Buddhist Studies)から入手できるそうです。
【2009/10/15追記】
「文部省臨時國語調査會决定 常用畧字表」は「「官報」第3233號附録、大正12年5月12日(土曜日)、雜報7」で発表されたようである。詳細はここ。ということは、大正12年の20版以降からこの表が付いていた可能性があります。
シルクロード 文字を辿って ロシア探検隊収集の文物
京都国立博物館 2009年7月14日(火)〜9月6日(日)
開館時間 9:30 〜 18:00 (金曜日は 〜20:00)
休館日 月曜日(7月20日は開館、7月21日は休館)
土曜講座として、京都女子大学で5回おこなわれる。8/29におこなわれる「西夏文字の世界」には行きたいが、すでに予定が入ってしまっている。無念。。。
サムネイルも貼っておきます。


漢字の誤読
最近の麻生内閣の支持率降下の原因の一つとして、総理の失言のうちの漢字の誤読を挙げ、それに関連して、一海知義 著『一海知義著作集10 「漢字の話」』(藤原書店)を紹介しつつ、漢字、漢語について触れられている。記事の中に、「専門にわたるので、「漢字の話」を繙いていただきたい。」とあって繙きたいのはやまやまだが、如何せん、この手の本は価格が高くて手が出ない。出版されたばかりの本をすぐに参照できる境遇はうらやましい限りである。
さて、この記事では、「「踏襲」を「ふしゅう」と読んだのは本当に間違いなのだろうか。」と問題提起をし、「音と訓が交ざった「重箱よみ」や「湯桶よみ」があるではないか。」と指摘しつつ、「日本製の漢字である「国字」と違って、中国製漢語は音と訓が交ざったものはない。」として、否定している。「日本製の漢字である「国字」と違って、」と「中国製漢語は・・・」とは論理的に関係ないよね。「重」「箱」「湯」「桶」はいずれも国字ではありませんが。。。ポイントは「中国製漢語」であるか、「日本製漢語」であるかという点なのだ。これを見極めるのは意外と難しいかも知れない。「英語」でもそう言うものだと思っていたら通じず、実は「和製英語」だったというようなものだ。とはいえ、「踏襲」は常用漢字の範囲内なので高校を卒業していれば読めて当たり前、麻生総理を弁護している訳ではないので、誤解なきよう。
そして次、「未曾有」を「みぞうゆう」と読んだ点を指摘している。漢字音に漢音・呉音などの違いがあることを指摘し、「「未曾有」の「ミ」も「ゾ」も呉音であり、「有」も呉音の「ウ」でなければならない。」とある。これはちょっと微妙だなあ。そう言い切ってしまっていいものだろうか?漢字音を漢音・呉音・唐音・慣用音と意識している一般人はそうはいないと思うので、これは難易度が高いと思う。
で、ちょっと調べてみた、「模範」。何と読みます?「モハン」です。辞書(『漢辞海』『漢字源』)引いてみます。「模」漢音「ボ」、呉音「モ」。「範」漢音「ハン」、呉音「ボン」。呉音で通せということであれば、「モボン」と読まねばならず、漢音で通せということであれば、「ボハン」と読まねばならない。というわけで、この辺りは中国製漢語とは言え、日本において日本語の発音で読まれている以上、慣用的な要素が入る。漢文の世界では、基本的には「漢音」で読むということになっていると教わりましたから、「模範」は「ボハン」と読んでいくんでしょうけど、「〜模範也。」という漢文が出てきて「ボハンナリ」と読まれても分からないなぁ。やっぱり「モハンナリ」でしょう。「模範」という漢語がいつ日本に入って来たか分かりませんが、もしかしたら当初は例えば漢音で「ボハン」と読んでいたのが、「模」「範」個々の漢字で良く使用される音が漢音だったり呉音だったりするなかで、ある時誰かが間違って「モハン」と読むようになって定着したというところではなかろうか。こんな形で読みが変わっていったり、意味が変わっていったりということはよくあることです。とはいえ、「未曾有」の「曾」は常用漢字ではなく人名漢字だが、使用頻度も高い言葉なので、大学を出ていれば読めて当たり前、麻生総理を弁護している訳ではないので、誤解なきよう。
最後にはベトナムのホー・チ・ミン大統領が中国で蒋介石軍に捕まった時に獄中で作ったという漢詩が紹介されている。もしかしたらベトナム人が漢詩を?と驚かれるかも知れない。昔ベトナムは漢字文化圏に入っていたのだ。原文は写真の中にあるが、テキストにおこしてみよう。
患過頭時始見忠 患の頭を過ぎし時 始めて 忠を見ん
人有憂愁優點大 人 憂愁有ればこそ 優点 大ならん
籠開竹閂出眞龍 籠の竹閂を開かば 真の龍出でん
(書き下し文はえちぜんによる)
「囚」から「人」を取り去り、「或」に変えれば「國」となる。
「患」の頭の部分を取り除けば、「忠」が見えてくる。
「人」に「憂」があれば、「優」となる。
「籠」の付けられた「竹」の閂を開けば、「龍」が出てくる。
そして「忠」「龍」は韻を踏む。面白い漢詩である。漢文・漢詩は難しいと敬遠されがちだが、こういう詩もあるのだ。なんと魅力的なことか。
新聞記事には「漢字が大切な教養の一部であることを再認識した人も多かろう。」とあるが、一般人はそれで良かろうが、政治家となればそうはいかない。自らの信念に基づいて、国民の将来、国の行く末を定めていく役割を担っているのであるからもっと深い教養が必要になってくる。その教養として日本人にとって身近なものは漢籍である。人はいかに生きるべきか、為政者は如何に振る舞うべきか。それは中国の歴史が体現してくれている。そして漢籍として記録に残してくれている。漢籍の教養があったのは、明治・大正の頃まで。大戦後ならずとも、昭和の初期には漢籍の教養は少なくなっていたようだ。2世・3世議員に限らないが、今の政治家に不足しているのは、漢字は結構読めますなどという表面的な教養ではなく、判断力・決断力・洞察力の裏付けとなる漢籍をはじめとした深い教養であるはずである。











