| トップページ > | ||||
家読:家族のふれあい リビングに「文庫」、親子で感想話し合って
家族で読書の楽しみを共有する「家読(うちどく)」運動が静かに広まっている。子どもの読書量は増えているが、1カ月に単行本を一冊も読まない大人が半数に上り、子より親の読書離れが進んでいる。読書の秋。「家読」をきっかけに本に親しみ、家族のコミュニケーションを図ってみてはどうだろう。【木村葉子】
日本三名瀑(めいばく)の一つ「袋田の滝」がある茨城県大子町は、山あいの自然豊かな町だ。子どもたちの心を読書で育てようと、07年に「読書のまち」宣言をした。小中学校では「朝読」(朝の読書)に加え、家庭での読書を勧める「家読」にも取り組んでいる。
夕方、宿題を終えた同町立生瀬小5年の平山葉月さん(10)は、リビングのソファで保育園児の弟たちに絵本の読み聞かせを始める。いつもはやんちゃな弟たちが、じっと聴き入る。「ほんのひとときですが、静かな時間が持てます」と母直美さん(31)はほほ笑む。
平山家は2歳から13歳までの6人きょうだい。長男の隼さん(13)が小学6年の時から、学校で「家読」がはじまった。A4判の「家読カード」が配布され、読んだ本の題名、親子の感想を書き込んで学校に提出する。平山家に特別な読書習慣はなかったが、直美さんは「1日2冊」の読書を宿題として子どもたちに課し、町内唯一の図書館から手軽に読めそうな絵本を借りては、リビングに置いた。初めのうちは面倒くさそうだった子どもたちも、4カ月を過ぎるころから進んで読むようになった。
今では隼さんは週4〜5冊、葉月さんは1日4冊のペースで読み終える。直美さんは週1回、マイカーで図書館へ行って30冊ほど借りてくるが「図書館の本もほとんど読み尽くしてしまった」という。
「戦争や命の大切さ、親がうまく話せないことを本は教えてくれる」と直美さん。読んだ本のことを子どもたちと話すことが日常的になった。家読カードの記入のために子どもたちと本を共有するうちに、直美さん自身も絵本や児童書の魅力に気づいたという。最近は自分のための本も借りている。「家事を手早く片づけ、一杯のコーヒーとともに楽しむ読書が、生活に張りを与えてくれています」
◇子が読む本に関心示すことから−−運動推奨のトーハン、加藤真由美・広報室長に聞く
「家読」を推奨するトーハンの加藤真由美広報室長に、取り組み方を聞いた。
学校で広く取り入れられている「朝の読書」運動(朝読)は、昨年20周年を迎えました。これまでに約960万人が「朝読」を経験した計算になります。読書の楽しみを知った子どもたちが親世代になったいま、親子で「朝読」を経験している家庭も少なくありません。せっかく身に着いた読書習慣を継続させ、親子間の会話やかかわりが豊かになるようにと、06年から「家読」を推奨しています。
「家読」に難しい約束はありません。「何読んでいるの?」と、子が読んでいる本に親が興味を示すだけでもよいのです。読書をしているとほめられるので子どもたちは喜びますし、親が知らない本の世界について話せるのはうれしいこと。一番の効能は、本を通じて親子や家族のコミュニケーションが深まることでしょう。
親が子どものころ読んだ本を子に勧めたり、きょうだいで本から得た知識について、クイズを出し合うのもよいでしょう。本を見ながらお菓子や料理を作るのも「家読」の一つ。リビングの一角に家族のお気に入りの本を置き、いつでも手に取れるようにするのも楽しいものです。
目安として「約束」=別表=を提案していますが、これに縛られることなく、それぞれの家庭の「家読」を進めてほしいですね。
◇「1カ月0冊」16歳以上の半数
「第55回学校読書調査」(09年)によると、1カ月間に読んだ本の平均冊数は、小学生は8.6冊、中学生は3.7冊だった。一方、16歳以上の男女を対象にした「第62回読書世論調査」(08年)によると、1カ月間に書籍や雑誌を読んだ平均冊数は、単行本0.9冊▽文庫、新書本0.8冊▽週刊誌1.2冊▽月刊誌0.9冊▽マンガ本1.1冊。全く読まなかった人は単行本で50%と、前回より10ポイント増えた。
==============
■「家読」の約束
(1)家族で同じ本を読もう
(2)読んだ本で話そう
(3)感想ノートをつくろう
(4)自分のペースで読もう
(5)家庭文庫をつくろう
※トーハンが全国5カ所の小学生計30人と考えた提案
毎日新聞 2009年11月23日 東京朝刊
この記事では児童書に親が関心を寄せる観点から書かれているが、大人が読む難しい本を親が読んでいる、そういう姿を見せるのも大事だと思う。「お父さんが読んでいたあの分厚い、難しそうな本、いつか絶対読んでやる!」そんな向上心を育てたいなと思う。
事業仕分け スパコン復活容認の声相次ぐ
政府の行政刷新会議(議長・鳩山由紀夫首相)による「事業仕分け」を巡って22日、与野党幹部がテレビ番組で論争を繰り広げた。密室で行われていた予算編成作業の一部が公開された意義は野党側も評価したが、仕分けの基準や手法に批判が噴出。一方、「予算縮減」とされた次世代スーパーコンピューター(スパコン)の開発予算が一大論点となり、政府・与党内からも復活容認の声が相次いだ。
「基準、優先順位はどう決めるのか。誰が元の資料を出したのか。きちんと詰めないと単なる政治ショーに終わる」。NHKの番組で自民党の石破茂政調会長は作業のプロセスに疑念を呈した。公明党の斉藤鉄夫政調会長も「派手なところばかりが目に付く」と同調。連立を組む社民党の阿部知子政審会長まで「派手さ、乱暴さで人民裁判とも言われる。改善は必要だ」と注文を付けた。
これに猛反論したのが菅直人副総理兼国家戦略担当相。「国民が参加できる予算編成は画期的だ。一部の政治家・族議員と官僚がやっていたプロセスをオープンにした。従来と比べれば、いかにすごいことかが分かる」と公開の意義を強調。「最終的には政治家が判断する」と正当性は確保されるとの認識を示した。
公開に関し石破氏は「予算編成のプロセスが透明化されるという意味ではいいことだ」と一定の評価をし、斉藤氏も「財務省と与党の議員でやっていた査定をオープンにしたことは評価したい」と述べた。
廃止や見直しの基準については、塩川正十郎元財務相が21日の日本テレビの番組で「基準をはっきり示すのが政府の責任だ。基準が分からない」と指摘。仕分け作業の統括役を務める民主党の枝野幸男元政調会長は「科学技術と生活保護の話は同じ土俵で議論できない。仕分けの現場で話を聞いている人の半分を説得できるかが基準。『予算が必要だ』という人たちは国民の半分に『なるほどそうか』と思わせる説明ができないといけない」と答えた。
個別の事業を巡っても激論となった。文部科学省の説明では「政策効果が不明確」として「予算計上見送りに近い縮減」と仕分けられたスパコン。各番組で異論が相次ぎ、22日のテレビ朝日の番組では、科学者らが気候変動のシミュレーションなどさまざまな研究に役立つと強調するVTRが流された。
枝野氏は「こうした話が仕分けの現場でまったくといっていいほど説明されていない。事実なら『やっぱり続けましょう』となるだろう。一度刺激的にやったことが前向きな議論につながっている」と公開の効果と指摘。菅氏もNHKの番組で「科学技術は当然見直すことになると思う」と述べ、復活を示唆した。【鈴木直、野原大輔】
毎日新聞 2009年11月22日 20時36分(最終更新 11月22日 23時56分)
菅副総理・国家戦略相は22日、政府の行政刷新会議(議長・鳩山首相)の「事業仕分け」で「事実上の凍結」とされた次世代スーパーコンピューター(スパコン)開発予算について、判定を見直す考えを表明した。
研究者などから批判が相次いでいたことを受け、判断した。政府は今後、スパコン事業の継続に支障がないよう、スパコン開発予算(2010年度予算概算要求で約268億円)を確保する方向で調整を進める見通しだ。
科学技術担当を兼務している菅氏は22日のNHK番組で、スパコン開発予算について「事業仕分けは、政策判断をしているわけではない。当然(判定を)見直すことになる」と述べた。また「行政刷新会議の本体は、首相も私も入っている。最後は政治家が判断する」と語り、予算の削減が必要だと判定されたスパコン以外の科学技術予算についても、政治判断で判定の見直しを検討する考えを示した。
これに関連し、事業仕分け作業の統括役を務める民主党の枝野幸男・元政調会長は同日のテレビ朝日などの番組で、スパコン開発予算について「きちっと(効果を文部科学省側から)説明されていれば、こういう結論にならなかった」と指摘した。そのうえで「納得出来る説明がつけば(スパコンの開発予算を)復活しても全然構わない」と述べた。
独立行政法人理化学研究所などが行っているスパコンの開発予算は、今月13日の事業仕分け作業で「効果が国民に見えない」などとして「限りなく予算計上見送りに近い削減」と判定された。これに対し、政府の総合科学技術会議の有識者議員などから「短期的な費用対効果のみを求める議論は、長期的視点から推進すべき科学技術にはなじまない」として、判定の見直しを求める意見が相次いでいた。
行政刷新会議は24日から、事業仕分けの後半4日間の作業を始める。在日米軍駐留経費の日本側負担分(思いやり予算)や、教職員給与の3分の1を国が負担する義務教育費国庫負担金の扱いが焦点となる。
(2009年11月22日22時02分 読売新聞)
薬物ダメ、自転車マナー…京大が授業で「社会常識」
京都大は、学生の相次ぐ薬物事件などを受けて、新入生を対象に法令順守などを教える初年次教育を2010年度から実施する方針を固めた。
これまで教員の間では「学生はもう大人。そこまでやる必要はない」との意見が多数派だったが、次第に危機感が広がったためで、交通マナーを教える講義も予定されている。自由の学風、自学自習の伝統で知られた京大の〈方向転換〉は、大学全入時代を迎えた大学の役割変化を象徴するものとして注目されそうだ。
京大では数年前から、学部単位で、向学の心構えなどを教える初年次教育を実施していた。しかし、学習意欲のない学生が目立つようになった上、今年は2人の学生が大麻、覚せい剤を所持したとして逮捕された。
このため大学側は、「人間としての基礎的な教育」に重点を移し、全学共通カリキュラムとすることを決定。教育・研究の質の向上などを目指し、2010年度からの6年間を期間とする「中期目標・中期計画」に盛り込むことにした。
法令順守については、薬物の危険性を科学的に解説するビデオを見せるほか、過去の学生による事件を例に人権の大切さなどを教える。スピードを出して歩道を走るなど、大学周辺で苦情の多い自転車のマナーについても教育する。
さらに、自分の将来像をイメージさせるキャリア教育や、カルト集団、自殺願望への対処方法などのメンタルヘルス教育も行う。
初年次教育の講義は前期に開講し、10〜15コマを予定。10年度から試行的に始め、11年度からは単位化する計画だ。
西村周三副学長は「法令順守などは当然のことで、あえて大学で教えるかどうかは悩ましいところだが、入学直後は非常に重要な時期だと考え、実施に踏み切る」としている。
◆他大学にも動き広がる◆
こうした動きは他の大学にも広がっており、立命館大では、2、3年生有志が、1年前期の基礎演習の授業時間に、大学生活の送り方などを指導。オリエンテーションでは薬物の危険性も教えている。大麻所持や振り込め詐欺事件に絡んで逮捕者が相次いだ関西大では、新入生らを対象に「スタディ・スキル科目」を実施。来年度からは、薬物の危険を教えるなど、法令順守やモラルの教育にも力を入れるという。
◆初年次教育=大学生活に適応させることが主目的の総合的教育プログラム。1970年代後半、米国で始まったとされる。2008年度の文部科学省の調査では、全国の国公私立大742校のうち、8割の570校が、文章作成作法や口頭発表技法など、学問に対する動機付けのカリキュラムなどを実施している。
(2009年11月22日09時09分 読売新聞)
というか、そもそも大学というところは、薬物が「なぜ」ダメなのか、交通マナーが「なぜ」存在するのか、そういうことを考えるところではないのかなぁ。自分で「考える」場所であり、時間であるはずである。
『図で考える人は仕事ができる』
久恒啓一 著『図で考える人は仕事ができる』(日本経済新聞社 2002年) 読了。
文章で説明したり、問題点を箇条書きするよりも、図を使った方がメリットが大きいということを、文章で説明した本。とにかく、タイトルに相違して図が少ない。著者が大学の教員だった時に学生と取り組んだプロジェクトの紹介もあるが、その時に作成したと思われる図の紹介がない。また、経済白書など普段読まないようなものも図を書くことで理解ができるとあるが、その図は割愛されていて、その図を使って整理された内容をやはり文章で紹介している。ということで、ちょっと不親切だが、図で考えるということには様々なメリットがある。マインドマップに似ているが、マインドマップの方が自由度が高く、楽しそうである。
さて、最後の第7章は「図で人生をデザインしよう」というものである。そこに孔子の言葉が引かれ、著者の考えが述べられているので紹介しよう。
「吾十有五にして学に志す。三〇にして立つ。四〇にして惑わず。五〇にして天命を知る。六〇にして・・・・・・」は、孔子の言葉としてあまりにも有名です。
「もう三〇になってしまったが、立つまでにはいかないなあ」「もう四〇か、しかし迷いはますます深くなる」などと慨嘆する人を見る機会が多くなりました。現在では三〇歳はやっと仕事がわかり始めたころであり、四〇歳は不惑ではなく最も迷いの多い年代でしょう。
しかし、今や人生八〇年時代になっており、人生五〇年時代と比べて六割増しの人生になっていることを忘れてはなりません。つまり、昔の一五歳は現在では二四歳、昔の三〇歳は四八歳、昔の五〇歳は八〇歳なのです。そう考えると悲観すべきものでもありません。
五〇歳前後で立てばいいのだ、六〇代半ばで迷いがなくなればよいのだと考えたいものです。昨今何かと話題にのぼる団塊の世代は、職場から「退く」時期にあるのではなく、まさに「立つ」ときなのだということでしょう。<中略>
ややもすれば、私たちは年齢に対する固定観念が強すぎて自縄自縛になっているのではないでしょうか。高齢社会をデザインするにあたっては、まず、長年日本人の人生観を支配してきた孔子の人生訓から脱却する必要があるでしょう。(p.196)
「孔子の人生訓から脱却する必要がある」というが、孔子の人生訓を現代の平均寿命に間延びさせたに過ぎず、「脱却」したとはいいがたい。孔子の年齢観を間延びさせただけでは、はっきり言ってつまらない。
強行採決「恥ずかしい」 民主・渡部恒三氏が苦言
2009年11月21日8時17分
「まったく意味のない徹夜の大騒ぎ。国民の皆さんに恥ずかしいし、申し訳ない」
民主党の渡部恒三・前最高顧問は20日、TBSの番組収録で、与党が同日未明の衆院本会議で中小企業等金融円滑化法案を強行採決したことに苦言を呈した。
渡部氏は自民党国会対策委員長だった88年、消費税導入の法案での強行採決を引き合いに出し「(金融円滑化法案は)それほどの意味がある法律ではない」と切り捨てた。
さらに、民主党がその後の国会対応で、政府提出11法案をめぐってぶれを見せたことにも「強行するならばっと強行して、提出法案をみな通すというなら意味分かるが、やめちゃったんですから」と、あきれた様子だった。
2009年11月20日 22時6分 更新:11月20日 23時8分
平野博文官房長官は20日の記者会見で、04年4月〜09年10月に国庫から歴代官房長官に支払われた内閣官房報償費(官房機密費)の金額を公表した。具体的な使途は公表しなかった。今夏の衆院選(8月30日)直後の9月1日の支出額が2億5000万円と突出しており、麻生政権末期の資金の動きの不自然さが際立った。
鳩山由紀夫首相は20日、機密費の使途に関し「いつまでも表に出さないでいいのか、考える必要はある。国益もあるが、世の中は透明性を求めている。平野長官が最終的な判断をすると期待している」と述べ、公表の是非を検討する考えを示した。首相官邸で記者団に語った。
公表されたのは歴代長官が内閣府に機密費支出を請求した日付と支出額で、文書の保存期限とされる過去5年分。情報公開請求での開示内容と同様の範囲にとどまった。
内閣府によると、機密費の04〜09年度の予算額はいずれも14億6165万2000円。うち12億3021万1000円が長官の所管分で、残りは内閣情報調査室の予算。
自公政権下の04〜08年度の支出額は4月に2億円を請求し、5月〜翌年1月は1億円ずつ請求。2月は残額を一気に請求し、3月は請求も支出もなかった。各年度の返納額は約12万〜43万円だった。
このパターンから外れたのが麻生政権下の09年9月1日の2億5000万円だ。請求者の河村建夫前官房長官は20日、東京都内で記者団に「私の判断だが、今は政権内におらず、答える立場にない」と詳細なコメントを避けた。平野氏は同日の会見で、就任時に「官邸の金庫には(機密費は)なかった」と述べ、自公政権からの現金での引き継ぎはなかったとした。ただ、「その時々に必要だと思って支出したのだろうから、憶測を呼ぶ類推をするつもりはない」とも述べ、使途は追及しない構えだ。
政権交代後の9月と10月の支出額はそれぞれ6000万円にとどまる。異例の大量支出があったためで、残金の3.8億円余りを9月〜翌年2月の6カ月でほぼ均等になるよう割った金額となった模様だ。【横田愛、坂口裕彦】
官房機密費の公開もタイミング的にどうなんだろう?自公政権への当てつけ的な雰囲気も感じてしまう。官房機密費はその名の通り「機密費」なのだから、公表は控えた方がよかったんじゃなかろうか。金額の多寡だけでもその時に何かがあったことが分かってしまう。国益を損なうことになるんじゃなかろうか。その支出、支出内容、誰が支出したかなど、きちんと記録して、数十年後に公表するということでいいのでは?機密費を使う政治家も使い方次第では歴史に汚点を残すということだ。
強行採決に戻るが、民主党内に渡部氏のように発言される方がいるということが、ほんのちょっと救いだったりする。





